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なんか!!嬉しいヨ!!

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昨日は、なんか酒が飲みたい気分になって1人で近くのBARに行ったらマスターのT君がここのページを読んで欲しいって言うので読ませてもらったんです。


酒という「秘薬」。BARという「くすり箱」。

私がこの堺の地でBARを始めたのは、1994年。

日本はバブル経済が弾け、その余波がじわじわと人々の暮らしを脅かしていた時代です。
「豊かさ」や「癒し」を求める余裕もなく、ましてこの堺には「一献」を傾ける場所すらもない。どこか「諦め」にも似た空気が漂っていた気がします。

私は当時まだ20代後半の未熟者でしたが、若さというのは無謀なもので、そんな町の気運をBARという「異空間」で「面白く変えたい」という思いだけを頼りに、店を作り始めたのです。

しかし、不思議なものでそんな思いを持った「輩」は、(あえてそう呼びます。私も含めて...)私だけではなかったようで、時を同じくして、堺の町のあちこちに、それはそれは個性的で一癖も二癖もある小さなBARが産声を上げておりました。
堺、いや南大阪のBARの黎明期と思える時代です。(もっと前からBARはありましたが、実感としてそう思えたのです。)

それぞれが孤軍奮闘ながら、町の「夜の片隅」で人々を元気づけていました。
そして、その噂が互いの耳に入り始めていました。
いつしか「その波」は惹き付け合い、繋がりが始まりました。
「町を面白くする」という旗頭のもと、いろいろな取り組みが行なわれるようになったのです。
マスター同士の「熱い気持ち」のコラボレーションがそこにありました。
それは、まだまだ「アングラ」な様相を呈していましたが、「個」の店を超え、「輪」となって町に放たれた瞬間でした。
そのムーヴメントは、その後も、堺育ちの「BAR LOVER」たちを確実に生み出していた気がします。
しかし...。

あれから15年ほどの時を経た現在。道路法改正や寄せくる景気の波など、時代の流れとともに、その「輩」たちは相次いで店をたたみました。
この町は幾分静かになったと思われている‘当時世代‘の方もおられるかも知れません。

しかし、その裏側では、「輩」の元で育ったバーテンダーが独立を始め、そして「町を面白くする」という、その「遺志」を静かな流れながらも確実に引き継いでくれている気がします。
数年前から、始まったシェイクスの創刊も、そんな彼らの思いの集大成といえるはずです。

「酒の飲めぬ時代の...」

未だそんな事が語られる時代の中、今宵も、ここに連なったBARの扉の向こうで、小さいながらも、確実に「ドラマ」が生まれています。

酒という「秘薬」と、それを預かるBARという「くすり箱」は、まだまだこの町で健在です。

The church is close,but the road is icey.
The bar is far,but I will walk carefully.
教会は近い。しかし道路は、凍っている。
酒場は遠い。しかし私は、注意深く歩く。(ロシアの格言)

このシェイクスを手にしたあなたが「好奇心」を奪い立たせ、それぞれのBARカウンターに座し、あなたの求める「楽しさ」「癒し」「非日常」を手に入れていただければ...。

この町の「酒場の住人」として心から願っています。

これ読んだらビギンの「ボトル二本とチョコレート」が頭に浮かんだネ!!

僕は、BARの客側やけど同じく違う分野の店をやってて日頃はそれぞれ違う仕事をし、家庭を持ってるのもいれば、独身もいる。ときには、学生もいる中、「波乗り」が好きという同士がいつまでもアホ(ほめ言葉)がしたいナ!!と願う気持ちと重なってしまいました。

by asaken0123 | 2009-01-29 17:21 | その他  

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